「ベネフィットを語れ」
セールスコピーを指導する人たちは口を揃えてそう言います。
しかし、それは本当に正しいのでしょうか?
セールスコピーライターとして20年間活動してきた私は、「◯◯を語れば絶対売れる」などというものは存在しないと断言できます。お客の熱量や知識レベルなどによって、伝えるべき内容や響く情報が異なることを、これまでの経験から知っているからです。
もちろん、ベネフィットを語ったほうがいい場面は確かにあります。ですが、ベネフィットよりもメリット、メリットよりもスペックを伝えたほうが効果的な場面もあります。
私の経験則だけでは信憑性に欠けるため、マーケティング心理の研究論文を交えながら解説します。
あなたは、以下の言葉に動機づけされるか?
超軽量でバッテリー長持ちのノートパソコンがあったとします。
ベネフィットを「充電器なしで3日間出張できる超軽量PC」と表現しましょう。
パソコンに関する知識がない人であれば「おっ!」と興味を引かれるかもしれません。
ですが、パソコンに詳しい人は「スペックを書けよ!」と突っ込むはずです。いくら軽かったとしても、スペックが足りなければ使い物にならないからです。
ここに本質があります。
「ベネフィットが響くのは、対象商品群について詳しい知識がない人だけ」ということ。
知識が深まるほど、知りたい情報はベネフィットからメリット、そして機能へと変化していくのです。
知識レベルに応じて、伝えるべき情報は次のようにます。
知識レベル | 知りたい情報 | コピー例 |
---|---|---|
初心者 | ベネフィット | 「充電器なしで3日間出張できる超軽量PC」 |
中級者 | メリット+ベネフィット | 「バッテリー駆動72時間。1kg未満で移動が多くても疲れにくい設計」 |
上級者 | スペック | 「999g、76Whバッテリー、インテル第13世代Core i7-1360P、LPDDR5 32GBメモリ、PCIe Gen4 SSD 1TB、USB-C PD 65W対応。移動環境下での連続稼働テスト済み」 |
この原則を踏まえず、すべてのコピーで「ベネフィット」を強調するのは、ナンセンスです。
消費者の知識レベルによって必要な情報は異なる(科学的根拠)

では実際、心理学の世界ではどのような結論が出ているのでしょうか?
研究論文を紹介します。(これらは主にBtoCを対象としています)
初心者はベネフィットでしか処理できない
Maheswaran & Sternthal (1990) によれば、知識が少ない消費者はスペックを理解できず、情緒的・簡潔なベネフィット情報で意思決定をする傾向が強いとされています。
Sujan (1985) も、初心者はカテゴリーレベルで商品をざっくり捉え、ラベルやベネフィットに頼る判断をすると述べています。
エキスパートはスペックやロジックで判断する
Florenthal (2008) の研究では、商品知識の高い消費者(エキスパート)はスペックなど“属性情報”をもとに製品価値を判断していると示されました。
Trzebinski et al. (2022) も、専門性の高い人ほど「抽象的なベネフィット」ではなく「具体的なスペックや根拠情報」を信用する傾向を実証しています。
このように、研究結果でも「誰に向けたコピーか」によって、響く情報の種類が異なることを示しているのです。
さらに、BtoBについての研究結果をお伝えします。
BtoBでは、ベネフィットよりもスペックが重要(科学的根拠)

BtoBでは、「性能・実績・投資対効果(ROI)」で判断する傾向が強いことが分かっています。
※B2B Buying Behavior in 2025: 40 Stats and Five Hard Truths That Will Change Your Sales Strategy
※Mapping the B2B Buyer Journey: Strategies for Success in 2025
※Key Factors Influencing the B2B Buying Process in 2025
購買担当者は、さまざまな製品の資料を取り寄せ、データを突き合わせて厳しく吟味します。情緒や感情ではなく、冷静かつ論理的に商材を選ぶため、“理想の未来像”を描くベネフィット訴求はほとんど意味をなしません。
ただし、担当者との感情的な結びつきが購買決定に大きな影響を与えることも分かっています。
From Promotion to Emotion: Connecting B2B Customers to Brands (Google & CEB, 2013) によると、B2Bバイヤーはベンダーとの感情的な結びつきや「失敗しない安心感」を強く重視していることが分かりました。
なぜ「失敗しない安心感」を求めるのか。
BtoBの場合、購買担当者は「課題解決」よりも「社内における自身の評価」を重視しているからです。もし、安易な商品を導入して失敗すれば、社内評価が下がり、昇進の機会を逃してしまいます。そうならないために、「安全な選択」を求め、失敗したとしても言い訳がたつものを選ぶのです。
IT業界には、「 Nobody ever got fired for buying IBM(IBMを選んでおけば誰も咎められない)」という有名な言葉があります。この言葉は、「IBM製品を選んでおけば、もし問題が発生しても『IBMを選んだのだから仕方ない』という言い訳が通用する」という採用担当者の本音を言い表しています。
感情的な結びつきを重視するのもここに起因しています。「人間関係を築いている販売担当者が粗末なものを売るはずがない」という信頼から、失敗リスクを遠ざけているのです。
この心理構造から考えても、「課題解決の先にある理想的な未来(ベネフィット)」は、購買担当者の中心的なニーズではありません。
あえてベネフィットという枠組みで表現するなら、「評価を落とさず、安全な選択肢が取れること」が、彼らにとっての“ベネフィット”なのです。ちなみに、人材採用において人事部が学歴を重視するのも、同じ理由と考えられます。
ただし、このベネフィットはセールスコピーで言語化して伝えることはできません。(「もし、うちの商品で失敗しても大丈夫ですよ」とは言えないため)。ブランドによる信頼、スペックや人間関係によって見出してもらうしかありません。
これは私の仮説ですが、対象顧客の知性レベルによって、伝えるべき情報が異なると考えています。
高学歴または教養のある人に対しては、ベネフィットよりもスペックを伝えたほうが良いでしょう。
それはなぜか。
知性レベルの高い人は、購買時の衝動(システム1)を抑える力を有しており、じっくり思考(システム2)することに慣れているからです。これにより、知性レベルの高い人は、ベネフィット訴求よりもスペック訴求のほうを好む傾向にあります。
※※システム1は無意識かつ直感的な思考、システム2は意識的で熟慮的な思考を指します。
まとめ
セールスコピーライターは、購買行動を促すことが使命です。だからといって、情緒に訴えるベネフィットを伝えることだけが正解ではありません。お客によっては、「スペック情報によって購買行動が促される」ということもあるのです。
セールスコピーライターであれば、お客の知識レベルを見極め、どの情報レベルの情報が響くかを見極めなくてはいけません。
「ベネフィットを伝えれば、お客は買う」という考えは、「ディズニーに連れていけば、女性は喜ぶ」というほど浅はかです。顧客の思考を読むことがセールスコピーライターの仕事なのですから、単純化された言説に流されないでください。
以下、参考文献